やってきたことの結果が今なんだなあ。

今の生活にある理想

学生の頃、勉強をすると眠たくなりました。
「眠っちゃダメだ!」
思えば思うほどに眠たくなります。
受験勉強はその最たるもの。

教科書を広げた机に突っ伏して 寝ているときに限って 部屋に入ってくる兄の、「寝てんの?」という声に飛び起き、

「ねっ、寝てないよ!」と、顔に教科書の縦線つけながら必死に訴えました。

こんにちは、okuです。
ちなみに、明らかに寝ているのに テレビを消そうとすると「起きてるよ!」と言っていたのは、ウチの旦那さんです。

わたしもそうですが、あれって何のアピールだったのでしょう?寝てるのはバレバレだったんですけどね。笑

 

他人と比較するよりも

先日、2日続けて外食したら 太りました。びっくりー。

で、思ったのです。
自分で「元の体重に戻そう」という範囲内だと 自分に向き合えるけど、理想体重から離れてプヨプヨ状態になると、

楽しい時間を過ごしたにもかかわらず、「出掛けなきゃよかった」とか「どうして外食してしまったんだ」とか 自分や他人を責めて、「いいわ、もう」と何もしたくなくなります(白目)

 

自分が勝手に作った理想ってありませんか?

自分で勝手に作った理想ってありませんか?


理想の体重もそう。一番少なかった体重を理想としていないでしょうか。

理想のパートナー像というのもあったりします。
優しくて〜、誠実で〜、お金を持ってて〜、って 自分のことを棚に上げまくって理想を追い求めます。

でも、いちばん苦しいのは「理想の自分との乖離(かいり)」なのかも。

美しくて、優しくて、所作がキレイで、話が面白くて、仕事ができて、行動力があって、自立していて・・・はぁ。(遠い目)

理想が高ければ高いほど、今の自分との間に距離ができ過ぎて「いや、ムリ」って やる気と意欲が削がれます。

わたしなんて、股関節にハガネが入ってんの?っていうほどに硬いので、ヨガのポーズをやるたびヘコみます。

でもそれって、自分を侮辱していることと同義。

人と比べられるということは、それが けなされているのであっても、褒められているのであっても、気分がいいものではありません。
自分と他人を比べるのも同じこと。

自分を責めるための比較ではなくて、「こんな風になりたい」と自分を奮い立たせることは 否定しません。

でも、美しい理想ばかりを追い求めるのではなく、今 在るものの中に美しさを見つけられる能力を磨きたいものです:)

 

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