最期にかける言葉は、これかな…
近くのお店によく花を買いに行きます。
暑いこの時期は、
ユリのつぼみを買うとしばらく持つので、
昨日も「ユリを買おう!そうしよう」とお店に行ったら、
ちょっと売れ残りの感じ。
痛んでいるつぼみもあるけど、
「まぁいいか」とレジに向かいました。
こんにちは、okuです。
レジには、
わたしより少し年上とおぼしきおじさん店員さんがいて、
痛んだつぼみを指差しながら、
「この子は咲かないと思うけど、いいの?他のに変えなくていい?」と聞き、
更に5つほどあるつぼみに向かって、
「この子は咲く、この子は咲かない、この子は咲く…」と、
指差し確認してくれました。
お花への愛情が感じられて、
ほっこり♡
確認、だいじヽ(*^ω^*)ノ
あなたに、敬意を。
悲しいニュースがあると、
生と死をしみじみと考えます。
この世には、
どうしても生きたい人と、
死にたいと思う人がいます。
わたしは普段、
「どうしても生きたい人」のブログを読むことが多いので、
どちらかというとそちらの情報の方が多いのですが、
どちらもいるのだと気付かされます。
命がトレードできるならいいのかもしれませんが、
やっぱりその人その人の寿命があって、
他の人には託せないんだな、と感じます。
ヨガ哲学では、
肉体が離れても魂は生き通しだと考えます。
でも、
この身体での経験は、この一生で終わります。
「いい」も「悪い」もなく、
ただ肉体としての「生」と「死」があるだけです。
自殺だから、犯罪を犯したから、地◯に落ちるとかでもなくて、
リセットなんだろうなーと思います。
(私見です)
戦争でやむなく…とか、
病気を苦にして…とか、
どうしようもない状況もあると思いますし。
肉体がなくなって行き着く先は分かりませんが、
もしわたしが死んでも、
あちらには旦那さんも子どもたちもいるので、
あまりネガティブな感情はありません。
ただ、
大切な人を喪うということはとても悲しい経験です。
旦那さんの余命宣告を二回受けましたが、
あの頃わたしは、
泣かないために毎日どれだけの労力を費やしただろう、とよく思い出すのです。
悲しい別れは必ず来ます。
でも、どんな形であっても、
この世での生を終えた方は、
生き切ったのだと思うのです。
だからやっぱり、
かける言葉は「お疲れ様でした」
なんじゃないかなって、
しみじみ思うのです。
新しい週が始まりました♡
連休の方も、
お仕事の方も、
介護をしている方も、
闘病している方も、
どうぞ穏やかに過ごせますようにヽ(*^ω^*)ノ
南陽♡信じられないくらい食べて、その後あんかけ焼きそばを食らいました(どんだけ)
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北海道 札幌でヨガ講師をしています。
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