あの人も、自分も、大丈夫。

みんな、幸せだから。



毎日たべている「ぱりんこ」ですが、




たまに
「味が違う」
と感じることがあります。




少し前の
三幸製菓(ぱりんこ製造元)
の記事を読むと、




どうやら時代のニーズに合わせて
味などを変化させているようです。




parinko-40.jp

 

 

こんにちは、okuです。




わたしも時代のニーズに合わせて、
変化させられるところは
変化させたいものです。
(同じものを食べ続けるタイプ)




ところで、わたしの"ぱりんこ生活"は
いつまで続くのでしょうか(しらん)




自分のフィルターが曇っていなければ。



わたしたちは何かをみるとき、
自分というフィルターを通して見ています。




ぱりんこを見て
「美味しそう」と感じる
わたしのような人もいれば、




「何も感じない」あるいは
「好きじゃない」と感じる人もいます。




みかんを見て
「酸っぱそう」と感じる人もいるし
「甘そう」と感じる人もいます。




わたしたちはいつでも、
自分を通して
外の世界を見ています。




「優しそう」
「寂しそう」
「怖そう」




そんな、
「◯◯そう」は
すべて自分の主観であり
その解釈は人の数だけ存在します。




そして、この
「◯◯そう」という主観は、




往々にして
自分の今の心の状態を反映します。




「きっと、こう思っているんだろうな」
「きっと、◯◯に違いない」




そんな自分の思いが、
目の前の人や
出来事に対して
フィルターをかけます。





わたしの父は今、病院にいます。




コロナ禍でほとんど
会うことができません。




電話の向こうで父は
「帰りたい」と繰り返します。




「帰りたいだろうな」
「家がいいよね」
「病院でひとりは寂しいだろうな」




わたしも、
そう思ってしまいます。




でも、




父は護られた場所にいます。
古い戸建てのわが家に比べると
格段に暖かいところにいて、




何より
家にいたときに比べれば
体調は落ち着いているはずなのです。




本来、誰しもが幸せです。




不幸そうな現象は起こりますが、




わたしたちの「至福」は
環境によって左右されることはありません。




大変そうに見えるあの人も
悲しく感じる自分自身も




「もともと幸せ」であり、
「大丈夫な中で」大変を味わい
「大丈夫な中で」悲しさを味わっているのです。




感情が動いたら、
その感情をしっかりと味わいます。




中途半端にではなく、
しっかりと今の感情を感じます。




自分が不安だと
外側に不安を見ますし、




自分が哀しいと
外側に哀しさを見ます。




自分が落ち着いていれば、




自分が見る世界に調和を感じます。




今のわたしには、




自分を整えて
父と病院の方たちを信頼して
心の安寧を保つことが大切です。




そもそも幸せな現象は
いい顔をしてやってこないことが多いです。笑




不安になったら
胸に手をあてて
「今この瞬間、大丈夫な自分」に
感謝を伝えます。




すると、ちょっと落ち着くかもしれません。
(落ち着かなかったらすみません)




新しい週が始まりましたね。
どうぞ穏やかにお過ごしくださいヽ(*^ω^*)ノ




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数年前の北海道神宮御神木



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北海道 札幌でヨガ講師をしています。
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