穏やかな日常は、信じられないほど素晴らしい。

 

晴れの日と褻の日。



飽きもせず丸一年以上
毎日「ホタルノヒカリ」を
Amazonプライムビデオで見続けました。




毎日です。




綾瀬はるかさんは好きですし
藤木直人さんも素敵だと思いますが、




「推しです!」
というわけではないのに
ドラマを観ずには寝られない
という日々を送っていました。




そんな自分が
ちょっと心配になって
「他の作品も観てみよう」と、




次に観たのが
小林聡美さんが主演の
「パンとスープとネコ日和」




そして今は
「きのう、何食べた?」を
寝る前に毎日観ています。



www.tv-tokyo.co.jp




友だちに
「『きのう何食べた?』を毎日観てる。
とにかく穏やかなの」
と話したら、




「NHKの夜ドラの
「ひらやすみ」もいいよ」
と勧めてくれました。




改めて
自分の好みを振り返ってみて、




「ほぼ何も起こらない
日常の話が好きなんだ」
としみじみ思いました。




こんにちは、okuです。




ひとりになって十年目。




「とんでもなく平凡な日々」に
とんでもなく
幸せを感じられる能力が
身についた気がしています。



期間限定。



晴れの日と褻の日。
「ハレの日」と「ケの日」です。




特別な非日常を表す「ハレの日」と
日常を表す「ケの日」。




今のわたしは
「ケの日」がほぼ100%
という毎日を送っています。




30代くらいまでのわたしは
「日常をハレの日にすること」に
必死だった気がするのです。




東洋医学の先生が
「若いときは自分が知らない『氣』に
触れてみたいと思うものです」
と話していましたが、




それが「経験する」
ということなんだろうと
振り返って思います。




父が
脳卒中で倒れて
半身麻痺になったのは
わたしが33歳のときでした。




父が要介護になってから
両親は
おはようからおやすみまで、




ほとんど同じルーティンで
生活をするようになりました。




起きる時間も
ご飯を食べる時間も
なんなら
トイレに行く時間まで、




いつも
ほぼ同じだった気がします。




若かったわたしは
それを見て
「つまらないだろうな」
と思っていました。




外に出かけるのは
父が倒れてから
慌てて免許を取り、




おぼつかないわたしの運転で行く
リハビリの病院と近所のスーパー。




それさえも
父にとっては
「ハレの日」だったのかもしれません。




そして
たとえ手足が不自由であっても、




わたしの顔を見て
にこやかに笑ってくれた父が
いつもの場所にいるということは、




とても幸せなこと
だったのだと
今、思います。




「楽しいことがしたい」
「楽しいイベントこそ幸せ」
と思っていた
若かりしわたしでしたが、




47歳のとき
旦那さんを亡くしました。




旦那さんを亡くして思うのは
「穏やかな日常は
信じられないほど素晴らしい」
ということです。




朝起きて
「おはよう」と
話しかける人がいること。




同じものを食べて
「おいしいね」と
分かちあえること。




同じ空気を感じながら
並んで歩くことができること。




永遠にそこに在ると
思っていたそんな日常は、




喪ってしまえば
まったく普通ではなく、




それこそ
「ハレの日」だったと
感じるのです。




今わたしのまわりにいるのは
「大切な人たち」と
「必要なものたち」で、




いつかわたしが手放すのも
その
「大切な人たち」と
「必要だと思っていたものたち」です。




期間限定で関われる
人もモノも
なんなら自分の体さえも、




わたしの人生において
ものすごく大切なものだと
今は思うのです。




いつか訪れる死というものと
その日が来るまでに
自分に経験させてあげたいもの、




両方を考える毎日ですが、




そのふたつの真ん中にあるのが
穏やかな日常生活です。




わたしの日常生活は
テンションが上がるわけでも
ウキウキとスキップを
したくなるわけでもありませんが、




安心して深く呼吸ができる
今の自分の日常に、




穏やかで
深い幸せを感じます。




あっという間に
2025年の年末を
迎えようとしています。




一日一日を
穏やかに
積み重ねていきたいと思います。




年末もどうぞ
穏やかにお過ごし下さいヽ(*^ω^*)ノ




f:id:okuyoga:20251218224455j:image
#テレビ塔 #北海道札幌 #暖かくお過ごし下さい