屈折10年。
盛り上がりを見せた
オリンピックも終わり、
パラリンピックが始まりました。
車椅子が必要な父がいたせいか
車椅子で頑張っている選手を見ると
胸に迫るものがあります。
車椅子といえば
スーパーなどで
車椅子で買い物をされている方を
見かけることもあるかもしれません。
車椅子の目線は
小学校低学年のお子さんと
同じくらいの高さです。
大人が立っている状態と比べると
かなり低いのですが、
車椅子の父と買い物をしていると
お子さんたちは車椅子の父を
物珍しそうに見つつも、
邪魔にならないように
ちゃんと避けてくれます。
逆に
お買い物に夢中なご年配の女性は
お買い物に集中していることもあって、
進路をあけてくれることは
ほとんどなく、
車椅子の父の顔の高さの
買い物カゴを持った状態で
いきなり振り返る、という
フィギュアスケートの選手もびっくりの
ターンを見せてくれることがあり、
車椅子の父との買い物は
いつもスリルに満ちた
気の抜けないものでした。
こんにちは、okuです。
車椅子に乗っていた父が
数年前に不在となり、
家には
使われなくなった車椅子が
タイヤの空気が抜けたまま
置き去りになっています。
自転車のタイヤと同じで
空気を入れればいいだけなのですが、
雪の季節に
空気を入れる気にならないのは
なぜなのでしょう(知らん)
雪がとけたら
本気出す(๑•̀ㅂ•́)و✧(多分)
自分が変わらないと世界は変わらなかった
わたしはずっと
「幸せは外からやってくるもの」
だと思っていました。
楽しいことも
外からやってくるし、
嫌なことも
外からやってくるものだ
と思っていました。
そんなわたしは
「自分軸」ということばも
「他人軸」ということばも
知りませんでした。
「中途半端な他人軸」
で生きてきたわたしが
「自分軸」ということばを
初めて聞いたのは、
旦那さんが亡くなる
ほんの数年前だったと思います。
10年前。
旦那さんが亡くなって
わたしは実家に戻りました。
その頃の母は
さすがそんなわたしを
育てただけあって(褒めてない)、
病院や美容室など
外で出会う方の対応によって、
「今日はよかった」
「今日はよくなかった」と
白黒をつける人でした。
よかったときには
「よかったわ〜ヽ(*^ω^*)ノ」
と喜んでいるのですが、
「よくなかった場合」の
話を聞くのが非常に面倒で(遠い目)
それに少々
辟易していたわたしでしたが
実家に戻って10年目の今、
母のグチは
当時に比べて
格段に減りました。
グチの内容って
「誰かがぶつかってきた」
というような不可避なものから、
自分の気の持ちようで
意識が変わるものまで様々です。
行動範囲が狭い母の場合
「自分の意識を変えれば
グチではなくなる」
ことがほとんどでした。
以前は、美容室に行けば
「今日の仕上がりは
あまり好みじゃないわ」と言い、
歯医者に行けば
「前の衛生士さんは
親切だったのに」と話していました。
ただ、もともと自分の希望を伝えずに
「テキトーに切っちゃって下さい」
みたいな頼み方をしている母の髪が
好みに仕上がらないのは当然ですし、
「前の衛生士さんは親切だったのに」
というグチの多くは
「自分は優先されるべき」
という母自身のエゴでした。
わたしもそうでしたが
母に足りなかったのは、
「自分の要望を言語化して
相手に伝える」
ということです。
「我慢が美徳」とか
「自分が黙っておけばいい」
みたいなことを繰り返すうち、
自分の感情は
置いてきぼりとなって
抑圧されて歪んできます。
自分の意見を引っ込めることが
美徳だと思っていた母に、
「自分の希望は
ことばにして
伝えなければ伝わらない」
そう刷り込むまでには
たくさんの時間がかかりました。
「病院に行くと頭が真っ白に」と
ささやきおかみのようなことを言う母に、
伝えたいことは
メモに書くようお願いしました。
そうやっていくうち
少しずつ
「病院でちゃんと伝えられた!」
と母が鼻を膨らませて
報告することが増えてきました。
外で遭ったできごとで
嫌な気持ちになるのは、
多くの場合
「気持ちをちゃんと
伝えられなかった自分に対して」です。
80歳をとうに過ぎた母は
そうやって少しずつ
「自分の意見を外で言ってみる」
という経験をすることで、
「伝えることができる自分」を
積み重ねようとしています。
先日、歯医者さんに行った母は
「この入れ歯は合いませんって
言ってきた」
と鼻を膨らませて報告してきました。
先生には
「(入れ歯は)あまり変わらないかも
しれないけど調整しますね」と
言われたようですが、
これまで
「(入れ歯が合わないくらい)まぁいっか…」
と自分の気持ちを伝えられず
飲み込んできた母にとっては、
「調整しても
さほど変わらんかもしれんぞ」
という先生のことばよりも、
「自分の希望は伝えた」
という達成感のほうが
大きかったようです。
自分の希望は
相手の都合で通らないこともありますし、
相手にも断る権利があります。
ただ、それでも人は
自分の要望を伝えられたら、
相手から断られても
「まぁ、しょうがないか。
要望は伝えたのだし」と
溜飲を下げられることの方が
多いと思うのです。
そのような経験が増えるうち
「◯◯をやってもらえなかった」
という母のグチはめっきり減り、
わたしのストレスも
ずいぶんと減りました。笑
時間はかかりましたし
これからも同じようなことは
何度も起こると思いますが、
結局のところ
すべての出来事において、
「自分の意識が変われば
見える世界は変わる」
ということなのだと感じます。
この母に育ててもらった
わたしの思考にも
かなり偏りがあるはずで、
それに気付いて修正してするための
出来事がこれからも起こるはずです。
「イラッ」としたときは
自分の偏りのタネに気付けるとき。
春は
そんなタネに
たくさん出会えるかもしれませんね(震)
週末もどうぞ穏やかに
お過ごし下さいヽ(*^ω^*)ノ
#北海道 #札幌 #北海道神宮
雪はずいぶん減りました