大丈夫の中にいます。

いつでも。どんなときも。



年賀状が減る昨今。




「年賀状は今年で卒業します」という
予告が書いてあるのはすばらしいことで、




わたしのように、
問答無用で「来たら出す」スタイルの方も
多いのではないかと思っていたのですが、




もしかしたらわたしだけでしょうか。




「今年も寒中見舞いとして出そう」と思って、
呑気に構えておりました。




こんにちは、okuです。




「そろそろ松の内も明けたことだし、
寒中見舞いでも買いに行こー」っつって、
久しぶりに外に出ましたが、




コンビニはおろか、
文具屋さんにも寒中見舞いのハガキがありません。




イトー◯ーカ◯ーさんに行くも、
在庫なし(遠い目)。




新年早々「出遅れた感」満載のわたしですが、
ぱりんこの在庫はかかしません(はいはい)




ちなみに寒中見舞いは、
今年は2月2日までに出しましょう♡





とてつもなく◯◯なだけ。



「昨日ブログを書いたような気がするのに、
もう5日も経ってる()」
というのが続いております。





この調子だと、
夏には2021年が終わっているかも(違)





年始早々、
母の白内障の手術で
週3日眼科に通い、





その間にも母がめまいで倒れたりして、





あわあわしているうちに、
あっという間に日々というのは
過ぎていきます。





ですが、
こういうときこそ
自分自身に意識を向けることが必要です。




(ここまででぱりんこの小袋8袋を消費しました)←どうでもいい




自分自身と、
「ちゃんと呼吸できているかな」
「ちゃんとご飯食べたかな」
「30分は集中してヨガをしよう」
そうやって向き合い続けます。





周りで何かが起こったとしても、
今、「自分自身は大丈夫」であることを
一瞬一瞬確認します。





大切な人を喪ったわたしは、
「喪うかも」
と感じることに過敏に反応しがちです。





でも、わたしたちはいつでも、





「大丈夫の中」にいます。





なにが起きても大丈夫。
なにかを失っても大丈夫。
たとえ命が尽きたとしても、
大丈夫なのです。本人も、周りの人も。





わたし自身、
「旦那さんを喪ったら、わたしがわたしではなくなる」
そう思っていましたが、





とてつもなく悲しいだけで、
とてつもなく寂しいだけで、
とてつもなくつらいだけで、





「大丈夫」なのです。





悲しい感情にバツをつけるのではなく、
寂しいと思うことにバツをつけるのでもなく、





「悲しくて、寂しくて、つらい」と
自分が感じているということを
自分自身で受け入れることが、
とても大切です。





自分自身の中の
「負」と呼ばれる感情を
無視しないようにしよう、と思っています。





むしろ、そこと向き合わないと、





ずっと「いい」「悪い」で物事をみるような
生きにくい世界で生きていくことになります。





自分の気持ちは、
自分で大切に扱いたいですね。





寒い日が続きますが、
どうぞ穏やかにお過ごし下さいヽ(*^ω^*)ノ



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旦那さんが入院しているときはずっと、リラックマティッシュでした。